2月
テックジャパン事件判決(最一小判平成24年3月8日)は前回の記事で紹介したとおりですが、櫻井龍子裁判官は次のような補足意見を述べています。
2月
みなし残業代、固定残業代などの定額残業代制について判断した重要な裁判例として、テックジャパン事件判決(最一小判平成24年3月8日)があります。 この判例は、人材派遣会社に勤務する労働者が、使用者に対して残業代を請求した事案です。人材派遣会社は、従業員に対して基本給41万円が支給されており、本件労働者と使用者との間では「月間総労働時間が180時間を超えた場合にはその超えた時間につき1時間当たり2500円を別途支払い、月間総労働時間が140時間に満たない場合にはその満たない時間につき1時間当たり2920円を減額する旨の約定」がありました。 この裁判の争点は、 ①月間180時間以内の労働時間中の時間外労働(例えば1日8時間を超えて働いた分)に対する割増賃金が基本給に含まれているかどうか。 ②また、月間180時間以内の場合には、残業代を支払わないという契約をしている以上、180時間以内の割増賃金については、残業代をもらう権利を放棄しているといえるかどうか。という2点でした。 ①については、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とを判別できないと認定し、その上で、高知県観光事件判決を引用して、前記のような約定があったとしても、すべて割増賃金を支払うべきであるという判断をしました。 月180時間以内の労働時間の場合には残業代を支払わないという固定残業代制度を定めている本件の約定は、効力を生じないと判断しているのです。 この判決でも、高知県観光事件判決と同様、定額残業代制度が有効になるための要件として、「通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することができること」が必要とされています。 ②について、労働者による賃金債権の放棄がされたというためには、賃金放棄の意思表示があり、それが当該労働者の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないところ(最二小判昭和48年1月19日・民集27巻1号27頁参照)、雇用契約の締結の当時又はその後に時間外手当の請求権を放棄する旨の意思表示をしたことを示す事情がないこと、毎月の時間外労働時間数をあらかじめ予測できないこと等から、自由な意思に基づく時間外手当の請求権を放棄する旨の意思表示があったとはいえないと判断しました。 ここまでのこの判決自体は、以前の裁判例を確認するものでそこまで重要なものではないのですが、櫻井龍子裁判官の補足意見が後の裁判例に少なからず影響を与えています。 この櫻井裁判官の補足意見については次回のコラムで解説します。 弁護士 山田亮治
2月
みなし残業代、固定残業代等の定額残業代制度について参考になる判例としては、高知県観光事件判決(最二小判平成6年6月13日)があります。 事例は次のとおりです。 Xは、タクシー業を営むY社に雇用されて、タクシー乗務員として勤務していました。 Xに対する賃金は、毎月のタクシー料金の月間水揚高に一定の歩合(42%~46%)を乗じた金額を支払うという完全歩合給であり、Xが時間外及び深夜の労働を行った場合にも歩合給以外の賃金は支給されていませんでした。 Yは、歩合給には時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分も含まれているからXに対する割増賃金は支払い済みであると主張したが、就業規則や雇用契約書には定額残業代に関する定めはありませんでした。 この裁判の判決では、Xの時間外割増賃金の請求を認容しました。 次のように判示しました。 「本件請求期間にXらに支給された歩合給の額が、Xらが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、Xらに対して法37条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきでありY社は、Xらに対し、本件請求期間におけるXらの時間外及び深夜の労働について、法37条及び労働基準法施行規則19条1項6号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務がある。」 つまり、この判決では、固定残業代・みなし残業代等の定額残業代制度が有効になるための要件として、「通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することができること」が必要としています。 したがって、就業規則、雇用契約書、給料明細等により、「通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とを判別できるようになっているかどうか」というのが、定額残業代の有効性を判断するに当たっての重要なポイントとなります。 弁護士 山田亮治
1月
一定額を「みなし残業代」「固定残業代」として残業代の定額払いという手法を用いている会社があります。経営者の中には「みなし残業代を支払っているから」、「残業代は固定で支払っているから」と残業代未払いの問題は起きないと思われている方もいます。 しかし、「みなし残業代」「固定残業代」といった定額残業代は、一定の厳しい要件を満たしていない場合には、残業代の支払いと認められないことがあります。 この場合、労働基準法施行規則21条により、「みなし残業代」「固定残業代」として支払った金額が、残業手当の計算の基準となる基本給に組み込まれてしまい、1時間当たりの残業代の単価が跳ね上がり、莫大な金額となってしまうリスクがあるのです。 例えば A社では、Bさんの賃金として 基本給 25万5000円 固定残業代(40時間分)7万5000円 合計33万0000円 を支払っていたとします。 この場合、Bさんが毎月40時間の残業をしたとしても、固定残業代が残業代の支払いと認められれば問題はありません。 しかし、仮に認められなかった場合… 残業代の計算において、固定残業代が基本給に組み込んだ上で時給の計算をすることになりますから、33万円が基本給と同じ扱いで計算がなされてしまい、毎月9万円を超える残業代を支払わなければならないことになってしまいます。 賃金請求権の時効は2年となりますので、仮に残業代2年分請求されると200万円を越えます。同様の従業員が10名いれば2000万円、さらに、裁判で付加金の制裁を受ければ倍額の4000万円の支払いを命ぜられる可能性もあります。 考えるだけで恐ろしいリスクとなります。 労働基準法37条は、法定時間を超える労働に対し、時間外割増賃金を支払わなければならないとされており、その前提として、企業には従業員の労働時間を正確に把握しなければなりません。 ですから、労働時間を把握し、それに応じて残業代を支払うのが最もリスクがなく、おすすめする手法です。 しかし、そうはいっても、現実に「固定残業代」、「みなし残業代」という定額残業代の手法の需要はあり、現実にこのような手法を用いる企業は非常に多いです。 仮に、やむを得ず定額残業代の手法を用いる場合であっても、上記のリスクを最大限に減らす制度設計をする必要があるといえるでしょう。この点については、裁判例等を参考にしながら、次の記事以降で解説していきます。 弁護士 山 田 亮 治